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1980年代


1980年度

4/23 第 12 回臨時大会(主任制化阻止闘争戦術決定。 5/10 、 84 %でスト権確立)
主任制度粉砕、手当 支給阻止闘争
( 8/30 制度化撤回。 10 月 1 日実施・凍結闘争)
9/2 同上、日教組現地闘争本部設置
9/3 主任制反対県民共闘会議県教育長へ凍結申し入れ
9/19 主任制度粉砕、手当支給阻止闘争(早朝 2 時間ストライキ)

1981年度

7/9 民主教育をすすめる県民会議結成
7/30 沖教組結成 10 周年行事
1/30 私立中央高校の県立移管決定
3/31 県議会「主任手当」を盛り込んだ一般会計を可決

1982年度

12/16
~ 24
人勧凍結、公務員共闘第二波統一スト( 16日早朝2時間、 24日 2時間30分)に対し、県教育庁初の不当処分を行う。戒告 10 名、文訓 476 名
人事異動闘争(県教育庁交渉打ち切り、一方的に方針決定)

1983年度

6/26 参議院選挙革新統一候補 喜屋武真栄氏圧勝

1984年度

6/18
~ 24
日教組第60回定期大会を那覇市で開催
11/24
~ 26
沖教組第31次中央教育研究集会を宮古平良市で開催
11/25 管理職選考試験(第一次会場 那覇高校)で反対行動
12/16 沖教組教育研究所設立
1月9日より「教育心配ごと相談室」を開設。特別相談委員に遠藤豊吉先生(教育評論家)と永畑道子(作家)。両先生は年数回来沖し、個別相談や地域、学校、保護者を対象に講演活動を行う。

1985年度

6/28 「沖教組10年史」を発行
2/25 「日の丸・君が代」反対県民総決起大会を与儀公園で開催。
3月の公立小中学校で、県立養護学校の卒業式で「三ない運動」をとりくむ。

1986年度

4/7 公立小中学校、県立高校入学式で「日の丸・君が代」の押しつけ反対闘争に取り組む
12/11 「義務教育国庫負制度改悪反対」沖縄県総決起集会を開催
3/31 「主任手当」返還行動(第三次)県教育庁へ

1987年度

6/21 嘉手納基地包囲大行動
初めての基地包囲行動。バケツをひっくり返したような雨の中を 25,000 人が参加し、 17.4 kmの嘉手納基地を人間の鎖で完全包囲、基地撤去を内外に発信する。
9/29 学校栄養職員分会結成(沖教組 3 階ホール)
10/25
~ 30
第 42 回国民体育大会(海邦国体)を開催。(国体の民主化闘争にとりくむ)
2/5 「教科書裁判」沖縄出張法廷勝利県民決起大会を与儀小学校で開催。
( 2月 9日から始まった「教科書裁判」沖縄出張法廷(那覇地裁)では大田昌秀、安仁屋政昭、金城重明、山川宗秀の四氏が証言)

1988年度

10/2 学校図書館司書部結成
12/15 沖教組第23回臨時大会(宜野湾市民会館で高教組の「分離分立」を決定)

1989年度

7/23 参議院選挙で喜屋武真栄氏33万7千票を獲得し圧勝
10/18 沖教組第25回臨時大会沖縄市民会館で「県連合」結成準備会参加を決定

沖縄県教職員組合のあゆみ